こんばんは、玄武です。
何日か前の記事でちょっと書きました、
〇〇の打ち合わせ。
昨日(11/4)に亀山公民館にてありました。
それは何かといいますと、「狭間(さま)」の
補修に関しての打ち合わせでした。
何の補修かの前に、どの場面なのかを
ご紹介しておきます。
※写真はクリックすると一部の方を除き
少し大きくなります。

亀山屋台の狭間。
場面は「桜井駅楠公父子訣別の場」
取り付け位置は真左(東)
三代目、松本義廣
昭和22年製作。
場面の説明は以下にて
大忠臣・楠木正成は、足利尊氏を兵庫浜にて
邀撃するという不利な戦に挑まねばならなくなった。
出陣する時に正成は桜井駅に息子の正行を呼び
形見の短刀を手渡し今生の別れをする・・・場面。
諸説によりますと「父・楠木正成」が「息子・正行(マサツラ)」
を桜井駅に呼び出し形見を手渡しこう言ったそうです。
「私は生きて帰らないつもりで戦場に向かうのでお前は
故郷の河内に帰って朝廷に忠誠を誓いなさい」
当時、息子の正行は(推定)11歳とされています
当ブログの以前の記事今生の別れより。
話は戻りますが・・・補修に到る経緯を少しご説明。
今年の本宮の村に入っての休憩時に入った時・・・
世話方が私の所にあるものを持ってきました。
これってひょっとして・・・。
う~ん・・・
確かに見た事ある・・・。
正行(マサツラ)でした。
そう。
上記の説明で太字で表記している「正行」。
つまり、「楠木正成」の息子になります。
取り合えず、この後に村練りも続く事もあり
破損しては大変だからと祭典委員の方に
本宮終了まで預かってもらいました。
祭りが終わり、祭典委員長から「正行」を預かり
本宮の次の日の片付けの日までの一晩、
私個人が預かっていました。
下の写真は破損した狭間の一部の「正行」。

狭間全体の写真でどの場所かお分かりでしょうか?
狭間全体の写真でいいますと、ちょうど中央のあたりの
一番手前の人物になりますね。
折角ですので、色んな角度から撮影。
関係者以外は絶対に、この角度からは
見る事は出来ません。
ある意味貴重な写真かも!?


↑裏側などは一般ではまず見れません。

どうです。
いい表情でしょう!
・・・であくる朝の片付けの日。

↑こちらが破損した部分の狭間になり・・・。

↑井筒の上に乗せた状態の「正行」。

↑本来はこの様な状態だったんですね。
文頭に書きましたが打ち合わせは“これ”を含む
「狭間」と「露盤(ろばん)」の点検(補修?)の件です。
祭り終了後に棟磨き等で御世話になっています
砂川仏檀店・砂川漆工芸さんに相談をしており
昨日(11/4)の打ち合わせとなりました。
数年前にも露盤の点検、補修をして頂いた事もあり
今回も色々と相談に乗って頂き、店で点検後に
補修する事となり、預かって頂きました。
最後にちょっとだけ・・・。
来年の話になりますが・・・。
亀山屋台は“金具の洗い(総メッキ)”をする
予定と聞いています。
その流れで、亀山もついに〇〇を止めて
〇〇〇になるとか、ならないとか・・・。
まあ、あくまで予定ですけど・・・。