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2008年5月

ここにも龍がいました。

こんばんは、玄武です。

明日の「ザ・祭り屋台in姫路 2008」は
雨天の為、翌日6月1日(日)に順延となりました。

日曜日は天気は良さそうですが、暑そうですね。

さて今回は、H20年 5月18日に里帰りしました
「先々々々代宇佐崎屋台」の高欄掛(こうらんかけ)の
一部ですがご紹介です。

まずは写真を・・・。

※(全ての)写真をクリックすると少し大きくなります。

Simg_3968



今回のタイトルにあります「ここにも龍がいました。」ですが
下の写真の中に龍がいます。

の写真の中で、龍を見つけて下さいね。

Simg_3958

↑の写真をクリックして大きくして頂いたら分かるでしょうか?



ヒントは人物の衣装です・・・。



龍を見つけられましたか?



その龍の写真は下の写真で・・・。

Simg_3993

何気なく、高欄掛を見ていたら見つけました。

宇佐崎は屋台紋が龍紋になっています。

こんなところにも龍がいて、当時の職人の
遊び心なのか、意味があるものなのか定かではありませんが、
パッと見ても分からない所が素敵ですね。

本文に述べました龍紋は次回に
ご紹介する予定です。

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先々々々代宇佐崎屋台里帰りその3

こんばんは、玄武です。

明治33年製作の旧宇佐崎屋台が73年振りに
「志方町原村」より里帰りしました。


その2に引き続き、公民館までの屋台練りです。

ギャラリーの数が凄く多くて近くで撮影出来ませんでした。


再生時に良く聞いていただくと分かりますが
撮影している側でどなたかの子供さんが
「ヨ-イヤサ-」と言っています。

こういうのは、結構好きです。

デジカメで歩きながらの撮影なので
画質が悪く、手振れがあります。
すいません・・・。

今回の動画は右サイドバーの「動画リスト」の上の
ミニプレイヤーに少し前から先行公開していました。

気が付かれた方はいらっしゃるでしょうか?
(現在は違う動画です)

今後、未公開動画はミニプレイヤーで記事にする前に
先行公開する!?・・かもしれません。

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今日は友人の・・・

こんばんは、玄武です。

大安吉日の本日、友人で親しくさせて頂いています

砂川仏壇店の若き職人であります、 

岸本 純さんがご結婚されました。

純ちゃん 本当におめでとうございます。

過去にもご紹介しましたが
下の写真は亀山屋台の棟を磨く 「岸本 純さん」 です。

応援しています。

頑張って下さい。

Photo

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先々々々代宇佐崎屋台里帰りその2

こんばんは、玄武です。

数日前からお伝えしています
「先々々々代宇佐崎屋台里帰り」。

前回の動画は→先々々々代宇佐崎屋台里帰りその1

今回は灘市民センターから宇佐崎公民館(屋台蔵)まで
練って行く様子(練り出し)です。

綱を振ってあっという間に先に進む
「旧宇佐崎屋台」。

いい感じですね~。

ギャラリーが凄く多く、近くで撮影出来ませんでした。

デジカメで歩きながらの撮影なので
画質が悪く、手振れがひどいです。
あしからず・・・。

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鳥肌が立った

こんばんは、玄武です。

この記事の前に短いですが、動画をUPしました。

見られていない方は宜しかったらご覧下さい。

動画 → 先々々々代宇佐崎屋台里帰りその1

今回のご紹介は、今現在私のPCの壁紙にしている
超お気に入りの写真です。

その写真は先週末に見に行って来ました
「先々々々代の宇佐崎(うさざき)屋台」の里帰りの様子。
( ※その記事は→ 先々々々代

屋台の詳細は数日後と考えていましたが
こちらは一日でも早くご紹介したく今回の運びとなりました。

今回は一場面のみですが、ご紹介です。

※写真をクリックすると少し大きくなります。

Simg_3974
↑ 裏正面の狭間(さま)です。  ※6/11 改正&追記

狭間の取り付け位置は、裏正面(北)側です。

狭間の場面は「弁慶三井寺の梵鐘を投げ捨てる」

ちなみに狭間の場面の説明ですが、


田原藤太秀郷が三上山のムカデ退治のお礼に
琵琶湖の龍神より頂いた鐘を三井寺に
寄進したと伝えられています。

その後、比叡山延暦寺と三井寺の衆徒が争いになり
弁慶が奪って比叡山へ引き摺り上げて撞いてみると
鐘が(三井寺に)“イノー、イノー”(関西弁で帰ろう、帰ろう)
と響いたので、弁慶は「そんなに三井寺に帰りたいのか!」
と怒って鐘を谷底へ投げ捨ててしまったという。


狭間の製作者はわかりません。
製作者をご存知の方はコメントを下さい。

・・・で何が鳥肌?と言いますと、です。

※写真をクリックすると少し大きくなります。

Simg_4039

実際に「引き摺り鐘」には、その時のものと思われる
傷痕や破目などが残っています。

まさに怪力の持ち主の弁慶。

この表情・・・たまりませんな。

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先々々々代宇佐崎屋台里帰りその1

こんばんは、玄武です。

昨日に引き続き
先々々々代宇佐崎屋台里帰りの様子です。

先日ご覧になられていない方の為に
サラッとご説明しますと・・・
明治33年製作の旧宇佐崎屋台が
73年振りに「志方町原村」より里帰りしました。

ちなみに、先日の記事は→先々々々代

今回の動画はトレーラから屋台を下ろすところです。

デジカメで撮影していますので画質などは悪いです。
あしからず・・・。

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先々々々代

こんばんは、玄武です。

ブログの更新をしていませんが、
連日沢山の方々に閲覧していただいております。

本当にありがとうございます。

今回は昨日見に行った事について
お伝えしようかと思います。

数日前に相互リンクしていただいています
試行錯誤のすぱいらる(marchjudd)さんから
情報をいただきました。

その内容は、「先々々々代の宇佐崎(うさざき)屋台」が
里帰りするとの事。

marchjuddさんとmarchjuddさんのお父様、
そして祭りのブログをしていらっしゃる祭り騒ぎさんが
見に行かれるとの事なので私も同行させて頂く事にしました。

「先々々々代、宇佐崎屋台」は、
明治33年に武田達次師が製作され、昭和7年まで活躍。
その後昭和10年に志方町原村が購入。

志方町原村は、昭和40年代初め頃を最後に
屋台の練り出しを休止。

実質、73年振りに宇佐崎に里帰りという事になります。

旧宇佐崎屋台は、志方町原村から灘市民センターまで
トレーラで運びそこから宇佐崎公民館(屋台蔵)まで
練って行くとの事!


旧屋台が到着する前に、先に到着していた皆さんと合流し、
屋台を待つ事にしました。

到着した私に、marchjuddさんが
擬宝珠と露盤が先に到着しているよ。
と教えてくれたので早速見ると・・・。

※露盤の写真をクリックすると少し大きくなります。

Img_3929_2   
↑ 正面です。

Img_3930_2
↑ 右側です。

Img_3931_2
↑ 裏正面です。

Img_3927_2
↑ 左側です。

明治の作品とは思えぬほどの完璧な保存状態。

残念ながら現時点では製作者は分かりませんが、
「ほ~」「は~」「へ~」しか言葉が出てきませんでした。


次は擬宝珠です。

Img_3932_2
↑ 擬宝珠です。

ジックリ眺めていると、トレーラーで屋台が到着しました。
ギャラリーも物凄い人数です。

祭りさながらの雰囲気でした。

Img_3933_2

Img_3935

屋台が無事に到着です。

Img_3936
↑ 露盤と擬宝珠を取り付けます。
(写真は露盤を取り付けるところです)

Img_3940
↑ トレーラーから屋台が下ろされます。

いよいよ練り出しです。

長くなりますので、続きは次回にします。

最後に・・・完全復活ではありません。

次回は明日?

志方八幡宮 秋祭りページ

試行錯誤のすぱいらる

祭り騒ぎ 「先々々々代宇佐崎屋台 」

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「松原八幡神社」

屋台蔵の動画リスト

松原八幡神社

下記のタイトルをクリックして頂くと、
そのタイトルのページにジャンプします。


※過去の投稿順に並んでいます。

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一時的に・・・

こんばんは、玄武です。

現在ブログを休止していますが、
連日沢山の方に閲覧していただきまして
本当にありがとうございます。

休止してから凄いアクセス数になっています。

毎日アクセスして下さる方に申し訳ありませんので、
一時的ですがブログを公開します。

次回の公開は未定です。

復帰の時期もまだ決めていませんので
気長にお待ち戴ければ幸いでございます。

今回ご紹介の写真は、原点に戻り「亀山屋台」の詳細です。

※写真をクリックすると少し大きくなります。

Photo_4

“三代目 松本義廣” の狭間(さま)です。

場面は「天の岩屋戸の変」

※写真の狭間は向かって左側半分の撮影です。


ちなみに、「天の岩屋戸の変」とは・・・

須佐之男命のご暴状にお怒りになった天照大神が
天の岩屋戸にお籠りになったので、天下は全て真暗になった。
そこで、八百萬の天神達が安河原にお集まりになり
あれこれと騒ぎ立てらたので
遂に、天照大神は天の岩屋戸よりお出ましになり
世は再び明るくなったと云う神話。

表情が凄いですね。

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