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2008年12月

今年最後の・・

こんばんは、玄武です。

いよいよ明日は大晦日です。

師走は慌しいとよく言いますが、
今年は正にその言葉通り、時間が過ぎていきます。

今年は大晦日が仕事納めなので、あっという間に
新年を迎える事になりそうです。

さて、本年も沢山の方々に当ブログ
「屋台蔵」 にご訪問していただきました。

ブログ開設よりの累計アクセス数は104557アクセス。
そして、25844人もの方々にご訪問して頂きました。
(12/30、20時20分現在)

読者の皆様、
本当に有り難う御座いました。


また当ブログと相互リンクして頂いている方々、
本当にお世話になりました。


来年も頑張って更新していきたいと思っていますので
皆様、宜しくお願い致します。

今年も残すところあとわずか・・・。

皆様、良いお年をお迎えくださいませ。

Dsc_0252
H20年 生矢神社秋季例大祭 本宮  亀山屋台 玉垣出

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縁起紋

こんばんは、玄武です。

今年も残すところあと4日。
年末まで仕事なので何かとバタバタしていますが
昨日は亀山玄武会の忘年会がありました。
参加されました皆様、お疲れ様でした。

さて今回のご紹介は平成20年9月21日に
執り行われました、「英賀(あが)神社」西浜屋台完成式で
撮影しました「狭間(さま)」のご紹介です。

まずは写真をどうぞ・・・。

※写真をクリックすると少し大きくなります。


S
「英賀神社」西浜屋台の狭間です。

彫刻師は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作

場面は「英賀城 毛利援軍、上陸の場」

取り付け位置は「裏正面」

まず中央に見えますお城は、場面名にもあります「英賀城」

英賀城は、夢前川の河口に築かれていて、
南側が海に面しています。
そして東に水尾川、西に夢前川で、
川が外堀の替わりをしていた平城です。

英賀城は、1429年~1441年に
「赤松祐尚」によって築かれた城です。

1579年の織田信長の播磨攻めで「羽柴秀吉」勢に攻められ、
1580年、英賀城は落城しています。

今は英賀城の遺構として、英賀神社の本殿裏に
「土塁」が僅かながら残っています。

室町時代の播磨の三大名城は
「英賀城」「三木城」「御着城」でした。

他に彫刻には船が彫られています。

毛利家の本領は安芸(広島)でした。
広島湾から播磨の英賀へは、少なくとも五日は掛かるところを
毛利氏が自慢の水軍を使って、五千という軍兵を一度に運び
一気に英賀へ乗りつけた・・・。
(その後は長くなるので省略します)

ちなみに船の先頭に描かれている紋は毛利家の家紋で
毛利家長門沢潟(オモダカ)です。

その紋は
Photo_3   

沢潟とは水田・池沢に自生する多年草の一種です。
毛利家は「オモダカ」の別名を勝ち草として縁起が良いと
戦陣の縁起紋としていました。

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立ち往生

こんばんは、玄武です。

今回のご紹介は高欄掛なんですが、
誰もが知っている人物をご紹介します。

まずは写真をご覧下さい。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo_2
この高欄掛は平成20年9月14日に執り行われました
飾磨、恵美酒宮天満神社「北細江屋台完成式」で
撮影したもの。

取り付け位置は「東(左)」

人物は「武蔵坊弁慶」(むさしぼうべんけい)

場面は「鵯越え」(全場面共通!?)
※記憶が曖昧です。間違っていたらご指摘ください。

鵯越えは過去に記事にしてご紹介していますので
そちらをご覧下さい。(下記のリンクをクリックして下さい)
鹿は四足、馬も四足

忠孝仁義

弁慶もこの場面(鵯越え)に登場します。

では弁慶とはどんな人物だったのでしょうか?

弁慶の幼少の名は「鬼若」と名づけられていました。

とにかく乱暴者として名が通っていて、
比叡山に入りますが乱暴者で追い出されます。
その頃より自分の事を「武蔵坊弁慶」と名乗ります。

弁慶は乱暴が原因で各地を転々とします。
播磨地方にも来ていて書写山にある
圓教寺(円教寺)の堂塔を炎上させてしまいます。

その後、弁慶は刀の千本狩りをしようと思い立ちます。
通りがかりの武士と決闘し刀を999本まで奪います。

刀が千本まであと1本となった時、
五条大橋で笛を吹く牛若丸こと義経と出会います。

弁慶は幼少の義経の刀を奪おうと戦いますが
身の軽い義経に敗れてしまいます。

この時より弁慶は生涯、義経の家来となります。

弁慶の最後は義経、最後の場となる衣川館にて
義経を敵から守るべく、入り口に「仁王立ち」になり
大量に飛んでくる敵の矢をうけ直立不動のまま生涯を閉じた。

所謂「弁慶の立ち往生」ですね。
弁慶に関する言葉では「弁慶の泣き所」などがありますね。

小学校の林間学校で「円教寺」に行ったけど
そんな事興味がなかったので全然覚えていません。

今度行ってみますか・・・。

※衣川館で義経、弁慶の最後と書きましたが、逃れて別の場所で・・・
  など様々な諸説があり、
今回が全てではありません。

参考資料:義経記など

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サボってはいません・・よ!?

こんばんは、玄武です。

今日はクリスマスの“宵宮”です。
皆さんいかがお過ごしでしょうか?

・・・で、早いものであと一週間で大晦日。

時間が経つのが早いです。

さて今回は祭りとは直接関係ありませんが
我が亀山町の行事についてのご紹介。

その行事とは少し前にも触れましたが
12月14日に古紙回収と餅つきがありまして
亀山玄武会も数名ですが、参加させて頂きました。

こういう地域の行事に参加させて頂くと
先輩方にも顔を覚えて頂き、
また、色んなお話を聞かせて頂く良い機会でもあるのです。

当然!?ながら、一杯しながら祭りの話もしますし、
笑いが絶えない行事となっています。

さて、餅つき当日は本当に寒い一日でした。

そんな寒い時に欠かせないのが・・・。
Image1_2
豚汁です。
寒い時期には本当に有り難い一品。
Image1_4
あっという間に行列が出来ていました。

行列の横を見てみると・・・。
Image1
村の餅つき臼は数台ありますが、こちらの臼では、
村の先輩方が餅をついています。

すぐ側で撮影すると絶対に「お前もつかんかい!」
と言われますので、こっそりと・・・。

しばらくすると・・・
Image1_5
おおお~会長ではありませんか!

この後、会長に続き私も餅をつかせて頂きまして
美味しく餅をいただきました!

来年の年明けは「とんど」がありますので
そちらも参加したいと思っています。

※餅つきの場所は「亀山本徳寺」にて。

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ここでも鵺退治

こんばんは、玄武です。

今日は休みでした。
年末まで仕事なので用事を済ませ、
車を洗い少し時間が出来たので、更新しています。

さて今回のご紹介も前回と同じく、
平成20年9月21日に執り行われました、
「英賀(あが)神社」西浜屋台完成式で
撮影させて頂いた高欄掛です。

まずは写真をご覧下さい。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo
場面は「源頼政の鵺退治」

取り付け位置は「西」

「絹常」製作ですが、現在の絹常は何代目なんでしょうか?

さて場面の説明ですが、過去に
源頼政の鵺退治」はご紹介しています。

H20年 4月24日から5月11日まで
「イーグレ姫路」で開催されていました
「 匠の技 播州祭り屋台伝承展 」で展示されていたものを
ご紹介しているんですが、岩壺神社(三木)・東條町にも
同場面があります。

場面紹介、鵺についてご紹介していますので
下記をクリックして頂くとご覧になれます。
    ↓
夜更けの怪物退治

ちなみに岩壺神社(三木)・東條町の
源頼政の鵺退治」は

Simg_3772

鵺がリアルすぎます・・・

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あの伝説の・・・

こんばんは、玄武です。

今回のご紹介は私が大変気に入っている
高欄掛(こうらんかけ)のご紹介。

その高欄掛は平成20年9月21日に
執り行われました、「英賀(あが)神社」西浜屋台完成式で
撮影させて頂いたものです。

まずは、写真をご覧下さい。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo
あるご縁がありまして関係者として完成式に
出席させて頂きまして無理を言って撮影させて頂きました。

まずは目を引く「絹常」の文字。
これは本当に驚きました。

高欄掛の鯉の鱗が凄い事になっています。

まさに匠の技です!

場面は、坂田金時(さかたのきんとき) 鯉退治。

では、坂田金時の顔を良く見てください。

誰かに似ていませんか?

ピンときた方もいらっしゃるでしょうね。

そうです。

童話などでも有名な「金太郎」です。
金太郎は皆さんよくご存知の通り、熊と相撲を取った事もあり、
とても力持ちな子供。

また、母親孝行な優しい所もある子供でした。

21歳の頃、刀鍛冶として働いていた時に
源頼光に出会い、その力量を認められて家来となった。
その時に頼光に「坂田金時」と名付けられる。

この後、金時は京で四天王と呼ばれる。

35歳を過ぎた頃、酒呑童子(しゅてんどうじ)と呼ばれた
鬼の盗賊を退治したとされています。

諸説では、金時は55歳の時に
岡山の美作で病死したとされている。

ちなみに・・・

“金時豆”は「坂田金時(金太郎)」が名前の由来だそうで、
金時の息子の「坂田金平」は“きんぴらゴボウ”
の由来にもなった。

※撮影協力:英賀西浜町の皆様

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近づく・・・

こんばんは、玄武です。

最近、息子ネタが多くなっている当ブログ。

しかし、場面紹介などマニアックネタばかりも
どうかと思うので、今回は息抜きの感覚でご覧下さい。

今回はH20年、生矢神社「亀山屋台」宵宮の出立ち前の様子。

私は家族より一足早く屋台蔵に向かいます。

出立ちを待っていると・・・
Img_4721
嫁さんと息子がやってきました。

和裁をしていた嫁に作ってもらった法被を着て
屋台に近づく・・・

   と思いきや・・・

Img_4722

屋台“そっちのけ”で公民館前にある出立ち前の酒に
目がいった模様。

お前はオッサンか!?

今のところ据えている屋台にはあんまり興味が無い様子。

つまり、
屋台を練ってるのを見るのが最高にオモローな訳ですね。

そういえば本宮の日に休憩で出た菓子パンを
息子にあげるとパンを持ってダッシュで走っていきましたよ。
Img_4869

まあ、来年が楽しみですな。

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忠孝仁義

こんばんは、玄武です。

朝夕と寒い日が続きます。
皆様も体調管理に気をつけて下さい。

さて今回のご紹介ですが、
平成20年9月14日に執り行われました
飾磨、恵美酒宮天満神社「北細江屋台完成式」で
撮影しました、高欄掛(こうらんかけ)のご紹介。

まずは写真をどうぞ。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo_2
北細江屋台完成式で撮影しました高欄掛です。

取り付け位置は正面

人物は鷲尾三郎

場面は「鵯越え」(全場面共通!?)
※記憶が曖昧です。間違っていたらご指摘ください。

製作は「京都川島織物」

鵯越えと言えば以前に当ブログでもご紹介しています。
その中でも鷲尾三郎は登場しています。

その記事は鹿は四足、馬も四足

元々、鷲尾三郎は武士ではなく猟師でした。
当時、源義経軍が平家軍を攻め込む為に
摂津国の山中を進んでいた。

その時に土地勘があり、山中に詳しい三郎が
道案内として使われていた。

そして鵯越えに着き、一ノ谷の戦いで
義経軍が大勝利を納めた。

勝利を納めたのは三郎の働きが大きかったこともあり
義経は三郎を大変気に入り、可愛がったと言います。

三郎は通称の名で、義久とも言います。
義久の名は一ノ谷の戦いで勝利を収めた褒美として
義経が一文字取り、名を付けたと言われています。

鷲尾三郎も主君、義経に絶対の信頼を置いて従えます。

義経の最後の時も共にしたとの諸説もありますから
本当に尽くしていたんでしょうね。

ちなみに高欄掛には人物と共に動物が刺繍されています。
これは場面から推測すると「熊」です。

道案内の道中で熊に出会い退治したそうです。

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宿敵

こんばんは、玄武です。

今回は記事のご紹介の前にお知らせです。

私事ながら・・・

年末年始の仕事が忙しく
休みも無い状態になりそうです。
但し、この正月は元旦と二日は
何とか休めそうです。

来週から仕事が超多忙になるので
ブログは長期間、不定期更新とさせて頂きます。

ご迷惑をお掛けしますが宜しくお願い致します。

さて今回のご紹介は、平成20年9月21日に
執り行われました、「英賀(あが)神社」西浜屋台完成式で
撮影しました「狭間(さま)」のご紹介です。

まずは写真からどうぞ・・・。

※写真をクリックすると少し大きくなります。S
「英賀神社」西浜屋台の狭間です。

彫刻師は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作

場面は「芦屋道満、童子問答の場」です。

芦屋道満とは、陰明師、安部清明の
宿敵として知られています。

謀略の罪により都を追われて、
生まれ故郷の西播磨(加古川)か、佐用へ落ち延びた?
または、
島送りにされた?の諸説と
式神対決で負けて播磨に追放された
など
様々な諸説があって兵庫との関わりが深い人物。

個人的なイメージですが、
陰明師、安部清明といえばドラマでもあった
美少年で好感が持てる人物を想像します。
しかし、芦屋道満は暗くマイナーな印象です。

そんな芦屋道満ですが、調べてみると
安部清明に勝るとも劣らないほどの呪術力を持ち
式神(しきがみ)を意のままに操り、
空を駆け抜け、天文を読み、未来を予知出来たとされている。

※式神(しきがみ)とは、「式鬼神」とも呼ばれ
  陰陽師の命令で摩訶不思議な現象を起こす霊の事。
  姿は鬼のような姿をしている。

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落としてもすぐに・・・

こんばんは、玄武です。

昨日、亀山町の古紙回収と餅つきに
参加されました皆様、本当にお疲れ様でした。

心配していた天気も何とかもちまして
寒かったですが楽しかったです。

餅つきの様子は後日ご紹介したいと思っています。

さて今回のご紹介はH20年、的形・「湊神社」
宵宮の「南山河」の宮入その2です。

私的には、えらい元気な印象がある「南山河」。

動画では屋台を“差した”状態で落としてしまうんですが
すぐに建て直して屋台を上げて練っていきました。

は写真と動画です。
Img_5017

来年もええ練りを期待しています!

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今年の宮入は・・・

こんばんは、玄武です。

明日は亀山町の古紙回収と餅つきがあります。

天気が微妙なのでどうなるか分かりませんが
決行されるなら参加したいと思っています。

さて今回のご紹介ですが、
今年の生矢神社「亀山町」は特に元気な年でした。

嫁さんがデジカメで動画を撮影していますので
ご紹介したいと思います。

※子供を抱いて、デジカメでの撮影ですので
  手振れが結構あります。

ご了承ください。

来年も気合いの練りで頑張ります!!

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神々の作戦

こんばんは、玄武です。

私事ですが・・・
一昨日、義理弟に男の子が誕生しました。

弟の出身は姫路で、今は広島市在住なんですが、
嫁さんが播州の方なのでこちらで出産しました。

本当にオメデトウ。

さて今回は神様の作戦のお話です。

まずは写真をどうぞ・・・。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Img_5037
写真はH20.的形「湊神社」宵宮で撮影しました
児嶋屋台の狭間です。

場面は「天の岩屋戸」

彫刻師は「二代目、松本義廣」

この場面はあまりにも有名ですね。

この場面は神様の作戦があったのを
ご存知でしょうか?

長くなりますが、場面の説明です。


天照大神(あまてらすおおみかみ)は、
弟、須佐之男命(すさのおのみこと)の乱暴を恐れて
天の岩屋に入って岩の戸を閉めてしまった。

すると太陽は隠れてしまい世の中は暗闇となってしまった。
暗闇になると妖怪たちが騒ぎ始め、災いが起き続けた。

 
災いが立て続けに起こるので
困った八百万(やおよろず)の神々は、天安川で対策会議を開いた。

会議の結果、思兼神(おもいかねのかみ)の
提案を実行する事に決定した。

その作戦とは・・・

長鳴鳥(ながなきどり)を集めて鳴かせて
宝玉や鏡などの捧げ物をして祭りを始めた。

天宇受売命(あめのうずめのみこと)が、
「ヒカゲノカズラ」を襷(たすき)にかけ、
「蔓柾(ツルマサキ)」を冠にして笹の葉を持ち
逆さにした桶の上で踊り出した。

激しく踊って“陰部”まで見せて踊っていたので、
男の神々は歓声を上げて大いに騒いだ。

天照大神は、
「私がいなくなり暗くなっているはずなのに・・・」
「何故笑い転げているのだろうか?」

不思議に思い岩屋の戸を少し開けて覗いて

「闇につつまれているはずなのに、何故
お前は歌い踊り、他の神々は笑っているのですか?」

天宇受売命に尋ねた。

天宇受売命
「あなたより尊い神様がいるから」と答えた。


天照大神と天宇受売命が話している最中に
岩屋の戸の周辺にいた神が、捧げ物の中の
大きな鏡を取り出して、天照大神に見せた。

鏡の中には「光り輝く神(天照大神)が写っていた」

「あなたより尊い神様がいるから・・・・・」

天照大神は勘違いをして

「私以外に“日の神”が現れたに違いない!」と思い

「もっと外に出て確かめないと・・・」と思ってしまいます。

天照大神は岩屋から鏡を覗こうとして
出てこようとした時に、岩戸の側に隠れていた
天手力男神(あめのたじからおのかみ)が
天照大神の手を掴み岩屋から引き出した。

すかさず、別の神が“しめ縄”をはり、結界をつくると
再び岩屋へ戻れないようにした。

高天原(たかまがはら)と、葦原中国(あしはらなかつくに)
は再び明るくなりました。

というお話。

・「ヒカゲノカズラ」はシダ植物

・「蔓柾(ツルマサキ)」はニシキギ科の植物で
  花壇や庭に植えられています。

・「天宇受売命(あめのうずめのみこと)」は
 芸能の神様として祀られている。

・「長鳴鳥(ながなきどり)」は鶏です。

・「天手力男神(あめのたじからおのかみ)」
 怪力で力の強い神とされる。


最後に・・・気になっているのですが、

天宇受売命が踊っている姿を見て
男の神様は大いに盛り上がったそうですが、
男の神様は演技だったのか、本気だったのか・・・
気になります・・・。(笑)

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鬼が・・・

こんばんは、玄武です。

ブログには関係ないですが
最初に一言・・・。

12月といえば、忘年会シーズンですね。
お酒を飲む機会が多くなる時期です。

このブログを閲覧して下さる方は
そんな方はいらっしゃらないでしょうが
飲酒運転は厳禁です!!
この時期のみならず厳禁です!!

お酒は楽しく帰宅まで!

今日も某道路で事故があり
超大渋滞で凄い迷惑しました。

年末、年始は事故のない様に気をつけましょう!

さて今回はH20年、的形「湊神社」宵宮で見ました
”鬼”の話。

鬼が「ガッッ」と向かってきています。

写真をどうぞ・・・。

※クリックすると少し大きくなります。
Img_5033
写真は「湊神社」児嶋屋台の高欄掛(こうらんかけ)です。

退治物ですね。

乗り子(太鼓打ち)の襦袢か頭巾があり全体は
撮影出来ずでした。

しかしこの鬼ですが、凄い表情をしています。

私は見た瞬間から釘付けになってしまいました。

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上達しました!

こんばんは、玄武です。

最近1歳8ヶ月になる息子はTVやビデオを
ジックリ見ています。

以前に公開しました息子の動画「紙手(シデ)をふる」

この時の撮影よりビデオを見て息子なりに研究したのか幾分上達しました。

・・・という事でが上達した息子の動画です。
思わず背筋が伸びるかも!?の映像です。

TVの映像で役員の方々が紙手を振っているんですが
息子も同じタイミングで紙手を振っています。

以前の動画の「紙手(シデ)をふる」の様子はです。

動画を見比べると面白いかも!?

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威風凛凛

こんばんは、玄武です。

今回は記事のご紹介の前に
亀山町の行事のお知らせです。

少し前にもお伝えしていますが
12月14日(日)午前10時より
亀山本徳寺にて町内の餅つき会があります。

つきたての餅もありますので
町内、町外の方も振るってご参加くださいますよう
宜しくお願い致します。

餅つきの前には古紙回収もありますので
古紙回収と餅つきには
我が亀山玄武会も数人ですが参加させて頂きます。
宜しくお願い致します。

さて今回のご紹介は、
H20年の生矢神社、宵宮の手柄屋台です。

毎年手柄町と亀山町は亀山本徳寺の
駐車場にて練り合わせをします。

練り合わせの直前の手柄屋台と亀山屋台です。
Dsc_0023
写真の向かって左が手柄屋台、右が亀山屋台。
この後、練り合わせをしてそれぞれ町練りをする為に
村にかえります。

練り合わせが終わり手柄屋台を撮影したのがです。

Dsc_0035
堂々たる姿。
素晴らしい屋台です。

また来年の練り合わせも楽しみです。

ここは観客観点から考えると
結構おすすめのスポットです。

見た事の無い方は
来年見に来られてはいかがでしょうか?

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H20年、湊神社宵宮「北山河屋台」宮入その2

こんばんは、玄武です。

相変わらずバタバタとしています。

今回は動画のご紹介。

今回は、H20年.的形「湊神社」宵宮
「北山河屋台」(きたやまご)の宮入その2です。
その1の続きです。

デジカメでの撮影ですので
手振れ等はご了承下さい。

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H20年、湊神社 宵宮 屋台三台練り

こんばんは、玄武です。

私事ですが・・・
仕事と私生活が超バタバタでして
更新が思うように出来ないと思います。
ご了承ください。


さて今回はH20年、的形「湊神社」宵宮の
「児嶋屋台」「地屋台」「北山河屋台」の
三台練りです。

デジカメでの撮影ですので
手振れ、画像の悪さはご了承ください。

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初心忘るべからず

こんばんは、玄武です。

H19年9月17日より開設しました「屋台蔵」
皆様のお蔭を持ちまして

ついに・・・

10万アクセス達成しました。

皆様、本当にありがとうございます!

12月3日、20時15分現在の
アクセス総数は、100017アクセス。
そして24154人もの方々にご訪問して頂きました。

10万という凄い数字に達成した今だからこそ
初心に戻り記事を書いていきたいと思っています。

「真一文字」という言葉があります。
皆様に喜んで頂けるように真っ直ぐに
全力を尽くし記事を書いていきたいと思います。

皆様に愛されるブログになりますよう
頑張ります!

今後とも「屋台蔵」を宜しくお願い致します。
Dsc_0081

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活撥撥地

こんにちは、玄武です。

最近、仕事がバタバタとしており
なかなか更新出来ません。
年末、正月は微妙ながら仕事の可能性もあり
今年の師走はバタバタになりそうです。

さ今回のご紹介は、私の親父が撮影した
H20年「灘のけんか祭り」本宮の様子です。
今年の本宮の様子は少し前にご紹介しています。

2008年11月のバックナンバーにてご覧下さい。

今回は「木場屋台」のご紹介。

まずは写真をどうぞ・・・。

Cimg0433
H20年「灘のけんか祭り」本宮、広畠で撮影。

個人的な事ですが、木場は本当に好きな村の一つ。

写真では見えずらいですが、露盤のアップの写真はです。
(※過去にご紹介しています)
S

ちなみにH18年の様子はです。

Simg_0807
H18年「灘のけんか祭り」本宮、楼門前で撮影。

こちらも露盤が見えずらいですね。

アップの写真はです。
Sno2
この露盤は生で見ると本当に厳ついです。

「活撥撥地」は勢いがあるさま、非常に元気のよいさま
の意味があります。

親父も言ってましたが、非常に勢いがあり、
良い練りを見せてくれた。

正に言葉通りの「活撥撥地」ですね。

来年は見に行きたいですね。

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H20年 湊神社宵宮「南山河屋台」宮入その1

こんばんは、玄武です。

いよいよ師走です。
あっという間に時間が過ぎていきます。

仕事、忘年会、仕事、仕事・・・。

ああ・・・時間がほしい・・・。

・・ということで愚痴はここまでにして、

今回のご紹介はH20年度、的形「湊神社」宵宮、
「南山河屋台」の宮入の様子です。

当日もお会いしましたが、
相互リンクさせていただいています
祭り騒ぎさんは「南山河」でしたね。

気合いの入った練りをご覧下さい。

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