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2009年3月

はじまりの・・・

こんばんは、玄武です。

今回は前回に引き続きH21.3/28に
魚吹八幡神社で 執り行われました
武神祭の様子。

長松屋台の鳥居前からの様子です。

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いよいよチョーサが始まります。

練り子の方々は物凄い気合いが入っていました。

Img_5550

さあ、いよいよ・・・ということで、下の動画をご覧下さい。

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鳥居まで・・・

こんばんは、玄武です。

日曜日起きると若干二日酔い。
土曜日の飲み会が響いたんかな~。
午前中に用事を済ませて夕方から爆睡していました。

さて今回はH21年3月28日に魚吹八幡神社にて
執り行われました武神祭の様子です。

少し前に記事にしています
H21.魚吹八幡神社.武神祭に行って来ました。
続きです。

宮内の交差点を神社の方向に
曲がった長松屋台は鳥居へと進んでいきます。
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正面の屋台紋の龍紋です。

クリックすると少し大きくなります。

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魚吹といえば豪華絢爛な乗り子衣装です。

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更に進んでいきます。

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鳥居付近(前)で屋台が止まり、
どうやらここから練り出しをするようです。
取締の方々が練り子を屋台の配置に付かせています。

Img_5545
同じ頃の乗り子の様子。

乗り子は神様の使いとされているので
大人が肩車をして子供を地面に下ろさないといいます。

Img_5546
今年、新調された露盤の形は東の地方でよく見られる
“角”のイメージよりどちらかというと“丸”のイメージですね。

角々していないのですっきりとした印象です。

露盤製作は井波の三代目、南部白雲です。

Img_5547
↑さあ、いよいよ始まります!

ということで次回に続きます。

上の乗り子衣装の画像は乗り子衣装に本名が写っています。
個人が特定され、悪用されるのを防ぐ為に管理人の判断で
画像を処理させていただいております。

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アツい会合

こんばんは、玄武です。

3/28の夜は相互リンクしていただいています
酒好きおやじの一夢庵さんにて
播州の祭りオフ会と称しまして
祭りサミットなる“寄り合い”が開催されました。

参加された方は、
播州祭り見聞記の管理人さん。

播州福泊港の管理人さん。

・的形・児嶋のこじまんたろうさん。

試行錯誤のすぱいらるの管理人さん。

祭り騒ぎの管理人さん。

魚吹のまつりの管理人さん。

・某職人さんがお二人。

そして私の計9名。

皆さん祭りには本当に激アツな方々ばかり。
場面等々お詳しく、神様みたいな方々です。

HPやブログの管理人さん、職人さんのお話をする中で
祭りの本当の真意は何か!?

後世に伝えられることは何か?

という話しになり、物凄い討論に・・・。

文章が下手で言いたい事は伝えられませんが、
真剣に話し合いました。

そう、真剣に。

正直、今回の寄り合いは初対面に近い方もいらっしゃいます。
しかし、そのアツい思いは私を含め全員一緒だと思います。

私はこのブログで何かを伝えたいと思っています。
勿論自分の村を愛し、生矢神社を愛する気持ちは
今では誰にも負けないと思っています。

播州の祭りはええ祭りや!
少しずつ・・・出来る限り頑張ります!

ねえ、兄さん達。
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追伸:一夢庵の兄貴、姉さん本当にありがとうございました。

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H21.魚吹八幡神社.武神祭に行って来ました。

こんにちは、玄武です。

本日3月28日は魚吹八幡神社にて武神祭がありました。

今年は輪番である長松地区ということです。
輪番は24年に1度、当番地区が回ってくるようです。

武神祭は鬼追いや追儺式とも呼ばれています。

「武神祭(津の宮鬼追い・追儺式)
・魚吹八幡神社/姫路市より」
によりますと、

武神祭・津の宮鬼追いは764年(天平宝字8年)、
播磨国揖保郡福井庄家島の高島(男鹿島)に
外国(支那福州の賊軍)が襲来した時、
播磨国の国司であった藤原朝臣貞国が魚吹八幡神社に
勝利を祈願したところ、五色の和幣から五色の鬼が現れ、
敵船732艘を沈没させたという故事に由来し、
敵船を沈めた鬼神を再現した伝統の鬼舞が行われます。
「武神祭(津の宮鬼追い・追儺式)・魚吹八幡神社/姫路市より」

当日は少し寒いだろうと心配していましたが
相互リンクさせていただいています
試行錯誤のすぱいらる さんと山陽電鉄飾磨駅にて
待ち合わせをして一緒に見に行きました。

私がダイヤ改正をしているのを知らず
遅刻するハプニングもありましたが
無事に網干駅に到着して、しばらく歩いていくと・・・。

おお~見えてきました。

Img_5535
長松屋台です。

屋台はH19年新調。
露盤は今年新調されました。
狭間は仮狭間ということです。

当日は壇尻、屋台だけではなく
各種演芸も奉納されるそうで少し先回りしてみると・・
Img_5539   
屋台の手前には船形の壇尻?があり、
さらにその前には・・。

Img_5538
演芸を披露される方々でしょうか。

魚吹八幡神社を目指し進んでいきます。

という事で次回は鳥居付近からの様子をボチボチと
お伝えしようかなと思っています。

上の乗り子衣装の画像は乗り子衣装に本名が写っています。
個人が特定され、悪用されるのを防ぐ為に管理人の判断で
画像を処理させていただいております。

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地名の由来「栗山編」

こんばんは、玄武です。

今日は以前にご紹介しました
地名の由来の
地名の由来「亀山編」

地名の由来「飯田編」

地名の由来「手柄編」
の続編です。

今回は生矢神社の氏子であります栗山町です。

栗山町は姫路市役所の西の方角、
旧飾磨街道沿いにある町で公民館(屋台蔵)も
この街道沿いにあります。

戦国時代の文書には「飾西郡栗山村」と記されるほど
古い地名だそうです。

「近村めぐり一歩記」によりますと、
「元弘の頃まで大栗の木有し、そへハ小山の由」
とあり、それが地名の由来となったとされています。
※元弘(げんこう)(1331~34)

江戸時代の中期になると街道が開け町場となり、
栗山村から分かれ栗山町となり
飾万津二十町の一つになる。

その後、明治時代に8ヶ村が合併し
手柄村となったそうですが昭和11年の併合で
現在の姫路市栗山町となりました。
Cimg6188
平成20年 生矢神社本宮の栗山屋台

写真提供は試行錯誤のすぱいらるさん

PicasaWebAlbums →
20081012-生矢神社

これで生矢神社の全ての村の地名の由来をご紹介しました。

まだ公開は未定ですが生矢神社の由来も編集中です。
こちらは今後、気が向けば公開します。

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縁起が良い!

こんばんは、玄武です。

今回は前回に引き続き「見石飾幕」のご紹介。
前回の記事をご覧になっていない方は
下記をクリックしてご覧になってください。
背中に乗せて・・

この飾幕には紋が刺繍されています。
全体写真の中央の部分です。
Simg_3774

Simg_3776
中央の紋の部分の拡大写真

「抱茗荷紋」 だきみょうが紋 です。

茗荷紋の一つで花序(かじょ)を左右に向い合わせにし
抱き合わせ丸の形にしたものです。

茗荷とは生姜科の多年草です。
茗荷は“冥加”に通じ縁起が良いとされています。
(“冥加”は神仏の加護の意)

何故この紋がついたのか存じません。
勝手な推測で何ですが、やはり縁起紋だからでしょうか?

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背中に乗せて・・

こんばんは、玄武です。

今回は飾幕のご紹介です。
まずは写真をご覧下さい。

※写真はクリックすると少し大きくなります。
Simg_3774
昨年の話になりますが、
H20年 4月24日から5月11日まで「イーグレ姫路」で
開催されていました「 匠の技 播州祭り屋台伝承展 」で
展示されていた(見石飾幕)「若林山」の飾幕。

阿吽の亀となっています。
写真の向かって左が「吽亀」、右が「阿亀」です。
詳細の写真は下にて・・。

Simg_3775
「吽亀」(上部写真左)

Simg_3777
「阿亀」(上部写真右)

阿吽亀の背中には慶事に由来した鉱石が乗っています。

亀の鉱石の由来の詳細が屋台文化保存連絡会のHP
意を縫い技を織るに詳しく載っています。

HPによりますと
本作品は「若林山」の飾幕で、
銀山の鉱石を背中に乗せた阿吽の亀が刺繍されている。
由緒は、文化8年(1811年)、それ迄優勢であった生林山だが、
地下水の湧水が多く衰えを見せ始め、
山師・漆垣太郎兵衛も大変心痛していたが、
ある日、亀穴の割れ目から
大きな亀が背中に銀石を乗せて這い出したので、
これは神様のお告げであろうと思い、ここを掘り進んだところ、
良質の鉱石が見つかり再度盛り返したと云う慶事に由来する。
と記されています。(屋台文化保存連絡会のHPより)

昨年に「生野のNさん」より生野銀山の資料館の写真を
頂戴しまして、そちらにも上記と同様の詳しい内容が
掲載されていました。

Nさんお元気でしょうか?

全体の写真の中で中央に紋が写っています。
その紋の詳細は次回です。

屋台文化保存連絡会のHP

意を縫い技を織る屋台文化保存連絡会のHPより)

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場面のみです!

こんばんは、玄武です。

PCの整理をしていたら更新が遅くなりました。
ここ最近、仕事が忙しいので夜が遅いと堪えます。

・・ということで、今回は場面のご紹介のみです。

下の写真をご覧下さい。
S
この写真は平成20年9月21日に執り行われました、
「英賀(あが)神社」西浜屋台完成式で撮影したもの。

彫刻は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作。
場面は「菅原道真公 遊歩の場」となっております。

筆、手綱等、非常に繊細な彫りですね。

ああ・・眠たい。。

早く寝よう・・・。

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道中にて・・・

こんにちは、玄武です。

日曜日は嵐のような天気でしたね。
釣りを予定していましたが流石にやめました。
土曜日は良い天気だったんですけどね~。
残念です。

さて今回は昨年度の生矢神社例大祭の
亀山屋台の道中の様子です。

私は祭りの道中の様子が大変好きで
「ああ~祭りをしてるな」としみじみと思うものです。
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宵宮の亀山屋台。
台車(ゴマ)での村廻りの様子。

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本宮の宮道中の亀山屋台。
同級生や幼馴染もいるのでアホな話!?もしながら移動。

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お宮での練りの話をしながら村に帰村する亀山屋台。

一時休憩をはさみ、ガッツリと村を練って廻ります。

家の前で出迎えて下さる村の方々、そして休憩の時に
温かいおもてなしをして下さる婦人会の方々には
本当に感謝します。

村人あっての祭り。

「今年もガッツリ練るで~!」
Img_4929

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じっとしてられません。

こんばんは、玄武です。

最近、益々祭りに興味を示す我が息子。
もうすぐ2歳になります。

本人はダンボールや椅子などで
家の中でも「ヨ~イヤサ~」な毎日。

最近は
「アンヤ~シィ~」(本当はアンヤ~ショイ)

「エ~ンヤ」

「ヨッソイィィ」

など言葉が出て更に祭り好きが加速!

そんな息子は昨年の祭りの時・・・。

嫁曰く、少しでも近くで見たいのか
すぐに逃走をはかろうとしたらしいです。
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彼の向かう先には・・・。

Img_4874
練り合わせをする「亀山屋台」と「飯田屋台」

息子よ!

親父より・・・

大きくなるのか!
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舵の根元

こんばんは、玄武です。

最近、日が長くなりましたね。
昨日は仕事から帰宅後に
息子と自転車で散歩に行きました。

道中、春の訪れを肌で感じながら
少し足を伸ばし、生矢神社まで。
息子と自転車で散歩・・・。
たまにはいいものです。

さて今回は屋台の舵取りの部分。
棒端の金具です。
「棒端カン」とも言いますね。

以前に「先々々々代宇佐崎屋台」の里帰りで
ご紹介した「棒端カン」と同じ部分。

まずは下の写真をご覧下さい。
Img_4465
英賀神社「西浜屋台」の「棒端カン」
金具は屋台紋にも見られます「菊水」

Img_4448
こちらは飾磨、恵美酒宮天満神社の「北細江屋台」
「梅鉢」の金具が見られます。

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こちらは蒲田神社「西蒲田屋台」
こちらも神紋である「梅鉢」が見られます。

いままでジックリ見た事がないので、今後屋台を見た時は
写真に納めようと思っています。

ちなみに・・・。
上記で述べました「先々々々代宇佐崎屋台」の
棒端カンですが、昔と現在では下のように変わっていました。

Img_4021
「先々々々代宇佐崎屋台」

Img_4073
現在の宇佐崎屋台

この記事は過去にご紹介していますので
宜しかったらご覧下さい。
綱をとめる・・・

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外面とその内面。

こんばんは、玄武です。

ここ最近、忙しいので
更新が思うように出来ていません。

毎日閲覧して下さる方々、本当にすいません。
暫くはこんな感じの更新頻度になります。

また最近、屋台蔵写真館も全く更新していません。
中身は過去にご紹介している記事の写真ですが
自動更新ではない為、UPする時間を考えるとなかなか・・・。
こちらはボチボチ更新していきます。(更新しました)

さて本題。

当ブログが開設して約一年半。
今更ですが、これをご紹介していませんでした。

・・・ということで下の写真をご覧下さい。
Scimg1655
生矢神社、亀山屋台の屋台蔵です。
この屋台蔵(公民館)は平成17年3月に新築されました。

写真には写っていませんが、写真の向かって左手に
公民館が併設されています。

ちなみに屋台蔵の中は大人屋台と子供屋台があり、
かなり広いスペースになっています。

蔵の中は・・・。
Dsc_0451
普段は屋台に飾り付けをしていませんが、
祭り直前、直後は上の写真の通りです。
左は昨年新調した子供屋台。

数年前に某地区の役員の方々も亀山の屋台蔵を
見に来られていた事がありましたね~。

ちなみに、旧屋台蔵と旧公民館は数十m離れていました。
旧屋台蔵は山陽電鉄「亀山駅」の目の前。
Scimg1642
旧亀山屋台蔵。

扉には神紋の「丸に並び矢」と「丸に三本杉」が見えます。

昔は亀山駅前からの出立ちでした。
小さい頃はこのあたりでよく遊んだものです。


屋台蔵は「御蔵(ごぐら)」「蔵」とも呼ばれます。
当地区でも「御蔵」や「蔵」と呼びますが、
当ブログの名前が「屋台蔵」ですので記事は
「屋台蔵」にて統一しております。

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天井の・・・

こんばんは、玄武です。

今回はこだわりの逸品のご紹介です。
まずは、写真をご覧下さい。
Cimg3995
この写真は平成20年4月20日に執り行われました
西蒲田の新調屋台の入魂式で、
相互リンクさせて頂いています
試行錯誤のすぱいらるさんが撮影されたもの。

新調屋台の天井です。
凄まじい迫力の龍の彫刻です。

違う角度はです。
Cimg3800
狭間(さま)を取り付けてしまうと、この天井の彫刻は
見えにくくなります。
しかし細部にまで“こだわり”を持ち屋台を製作された
職人の方、依頼をされた村の方々は素晴らしいと思います。

天井の“こだわり”といえば、も、かなりインパクト大です。
Photo
JR姫路駅に展示されています先代の松原屋台。

天井は全面に箔押しをされています。
記憶が曖昧ですが、聞いた話では松原屋台は
天井の全面箔押しは伝統と聞いた事があります。

こちらも狭間(さま)を取り付けてしまうと、
天井の箔は見えにくくなります。
しかし、素晴らしい“こだわり”です。

将来、亀山屋台が新調される時には
ど派手じゃなくても、こだわりの屋台を作ってほしいですね。

写真提供:試行錯誤のすぱいらる

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悩み、学ぶ。

こんばんは、玄武です。

今回は少し脱線。

最近、色々と悩みが多いです。
それも人からすると、大した事の無い事。

しかし、ふとした時にちょっと考えてしまう。

ある方の所に用事があったのでお邪魔していて
そんな話に・・・。

結論。。

「楽天知命」といったところでしょうか。

考えてもしょうがない。

ああ、祭りでも一緒かな。

祭り馬鹿なので置き換えてみた・・。
Simg_1915
ちょっと違うかもしれませんが苦しいときもそれを楽しめ。

勉強になりました。

兄さん、お姉さん、ありがとう。

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練り合わせ後の屋台

こんにちは、玄武です。

今回は平成20年度、
生矢神社例大祭の本宮の夜の様子です。

例年本宮の夜には亀山本徳寺前にて
「亀山」「飯田」の練り合わせがあります。

以前に当ブログでも、その練り合わせの様子を
ご紹介しています。
本年最後の練り合わせ!

今回は上記の練り合わせ後で
「飯田屋台」が村に帰る時の様子です。

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調べるということ

こんばんは、玄武です。

つい最近の事ですが
ボケ~と休日(夜)を過ごすのもどうかと思い、
HDに撮りためていた写真を整理していました。

整理も終わり何気なしに祭りの写真を見ていた時
気になる部分が出てきました。

まずは、写真をご覧下さい。
※クリックすると少し大きくなります。
Photo_4
この写真は、亀山屋台の狭間(さま)です。
数年前の虫干しにて撮影したもの。

製作者は、三代目・松本義廣
昭和22年制作。
場面は「楠公父子訣別桜井駅」

場面の説明は・・・

大忠臣・楠木正成は、柔弱な長袖連中のために
足利尊氏を兵庫浜にて邀撃するという
不利な戦に挑まねばならなくなった。
出陣する時に正成は桜井駅に息子の正行を呼び
形見の短刀を手渡し今生の別れをする場面。

上記の記事は以前にご紹介しました。

では何が気になるのか!?

写真の狭間の左のあたり・・。
松の葉の間に何やら模様が描かれています。
下の写真はそれを拡大したものです。

※クリックすると少し大きくなります。
Photo_5
見た事があるが「絶対にこうだ!」と
確信が持てない私・・・。

何が何でも調べないと気が済まない性分の為、
まずは物語をネットで調べ、人物を調べ・・・。

分かりました。

想像通り、やはり「家紋」でした。

それは「楠木正成(くすのき まさしげ)」の家紋の「菊水」。
Photo_9

なるほど!家紋か!面白い!

納得です。

では場面の「桜井駅」って何?って事で・・・。

この「駅」とは
当時の宿場の事をいい(詳しくは長すぎるので無理デス)
宿場の事を「宿駅」とも呼ぶそうです。

桜井とは大阪府にある地名、現在は桜井駅跡、
つまり史跡(しせき)として残っているそうです。

人物に関してもちょっと“ジ~ン”とする物語がありまして
諸説によりますと「父・楠木正成」が「息子・正行(マサツラ)」
を桜井駅に呼び出し形見を手渡しこう言ったそうです。


「私は生きて帰らないつもりで戦場に向かうのでお前は

故郷の河内に帰って朝廷に忠誠を誓いなさい」

当時、息子の正行は(推定)11歳とされています。

調べる最中にその様子を描いた絵を見ましたが
ちょっと泣きそうになりました。

そういえば、以前にも家紋ではガッツリ調べましたな~。
良かったら下記をクリックしてご覧下さいね。
縁起紋

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金の糸

こんばんは、玄武です。

今回のご紹介は以前に家族で立ち寄った事がある
伊和神社前の国道29号線沿いの
「道の駅・播磨いちのみや」についてです。


この「道の駅」には「須行名(すぎょうめ)」の屋台蔵を
併設しており「須行名屋台」が常時展示されています。

常時、観光客の方にもご覧になれるという事が
素晴らしいと思います。

 という事で写真をご覧下さい。

屋台には金糸の伊達綱が取り付けてありました。
Img_4319
Img_4312 Img_4317
詳しくは存じませんが、あるHPに掲載されていた
祭り当日の綱は白金でした。

 という事は、この綱は展示用なのでしょうか?

それにしても、金綱は迫力がありますね。


私はまだ伊和神社の祭りを見に行った事がありませんが
見に行った事がある方曰く、鳥肌もの・・・。
「これぞ屋台練り!」という素晴らしい練りが見れるそうです。

一度は見に行きたいものです。

過去の記事で、ご対面!  退治物でご紹介しています。
宜しかったらご覧下さい。

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温故知新

おはようございます、玄武です。

まだまだ不定期更新が続くと思います。
毎日閲覧して下さる方、本当にすいません。

先日、ある方に有り難いお言葉を頂きました。

「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」
「温故知新」ですね。

祭りにも同じことがいえるのでしょうか!?

Img_4850

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