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2009年5月

士気高揚

Photo
例年になく勢いがあった昨年の亀山町。

本宮の午後は多少の乱れ(疲れ)はあったものの
例年以上に“へばる”事無く、宮出から他町との練り合わせ後、
玉垣を出て、村へかえろうとしています。

玉垣周辺でも神社でのテンションが下がる事無く
むしろテンションは上がり、いつになく気合いが入っていました。

士気とは「人々が団結して物事を行う時の意気込み」
という意味があり、写真の伊達綱は
その様子の表れかもしれませんね。

その後は・・・。

「ほりあげたれ!」(屋台を上げてしまえ)
2

本当に練り子はアツかった。

その記憶はしっかりと・・・。

今年も“ガッツリ”いきまっせの玄武でした。

※写真をクリックすると大きくなります。(一部の方は除く)

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飛龍

こんばんは、玄武です。

少し前から痛めています腰。

痛いのも病院に行けば
少しはマシになるんですが、数時間経つと、また痛くなってくる。

“日にち薬”と言われてますんで、もう少しの辛抱と
自分に言い聞かせています。

ということで、今回も簡単なご紹介です。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
S_2
この写真はH20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式に撮影しました
総才端(そうさばな)のアップです。

総才の中央には「英賀津」の文字が見えます。
その文字の向かって右側に
「飛龍」が取り付けられています。
(写真をクリックしたほうが見えやすいかも)

他の総才は残念ながら写していません。

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孔雀と厳島神社と腰が痛い私。

こんばんは、玄武です。

うかつにも腰を痛めてしまいました。

ぎっくり腰ではないので、仕事で無理な体勢での
使い痛みだと思うんですが、こうして更新するのも
ちょっと辛い。

ということで今回は簡単なご紹介にします。

下の写真をご覧下さい。
Photo
写真をクリックして頂いたほうが
よくお分かりになられると思います。

写真はH20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式に撮影しました水切り金具。

左右は「孔雀」。中央は「厳島神社」となっています。

他の金具、彫刻等、続きは・・・

腰が悲鳴をあげていて更新するのが一苦労なので
しばらくは無理かも・・・。

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和気藹藹

こんばんは、玄武です。

何気なしにHDの写真を見ていたら
とても良い表情の写真がありました。

私は写真を撮るだけでジックリ確認せずHDに保存して
今回のように良い写真を後から気付く事も多いです。

ということで写真をどうぞ。

Sdsc_0079
H20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式の当日の様子。

上の写真はお宮からかえって来た後の様子です。

・・・で、今回お伝えしたい良い表情の写真。

当日お世話になった西浜町の皆様。

立派な屋台が完成して町民の全ての方が
良い表情をしていらっしゃったのが印象的でした。

私と友人は一関係者として式典に参加させて頂きました。
(当日の応援の練り子ではありません)

棒端の方々とお話させて頂く事が多かったんですが
亀山の雰囲気に良く似ていて親近感を抱いたのも事実。

屋台を蔵に無事に納めてこの一枚。

ホンマええ笑顔です!

Sdsc_0107_4

棒端の方へ。

写真を勝手に投稿してますので、不都合があればコメントください。

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デカイ・・・

こんばんは、玄武です。

更新、本日の日曜日。
久しぶりの休みで、先週までの忙しさが嘘のように
ゆっくりした時間を過ごしました。

体調を心配して頂いた方からメールを頂きました。
ありがとうございました。

さて今回はH20年、生矢神社秋季例大祭の
本宮の様子をご紹介します。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Vs_3
H20年、生矢神社本宮での「手柄屋台」と「飯田屋台」の
馬場での屋台練り合わせの様子。

写真の向かって左が「手柄屋台」 右が「飯田屋台」です。

両屋台は平成17年に新調され平成19年に
漆塗りをしています。

写真にはケーブルテレビの方も写っていますね。

最近、盛り上がりをみせる生矢神社。

改めて見るとやはりデカイ屋台です。

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ガシャン!

こんばんは、玄武です。

忙しかった仕事も終盤に向かってます。
何とか体力が持ったので一安心。

仕事は落ち着きつつありますが
ブログの更新はマイペースでいきたいので
当面はポツポツの更新にします。
(何せ気まぐれの管理人ですので・・・)

さて今回はH20年度、生矢神社の宵宮での
亀山屋台の様子です。

昨年は宵宮、本宮、共に亀山町は元気な屋台練りでした。

いくら元気といっても屋台は絶対に落ちるもので
下の写真はそんな落とした時の写真です。

Photo
宵宮の夜、毎年恒例になっています“レクルス前”の
「亀山屋台」と「飯田屋台」の練り合わせが終わり
村(亀山)に入った時の様子です。

“レクルス前”の屋台練りは、
当ブログの右サイドバーに動画リストがあり
そのリスト一つの「生矢神社」 の中にあります。

過去に当ブログで屋台を落とした所の写真は
幾つかご紹介しています。

その時、村の方に無様な姿を公開するのは
どうなんや? みたいな事を言われた事がありました。

あくまで個人の考えですが、
これも祭りの姿であると思ってます。
完璧に屋台を落とさずに屋台を練るのは不可能な事。

落としまくっている時には
「どないしょんどぇ~」などなど、播州特有の汚い言葉が
飛び交います。

練り子同士(前の練り子と後ろの練り子等)言い争っていても
それがお互いを刺激して良い練りが出来たりします。

そんな“ぐだぐだ”を楽しむのも祭りの一つだと
最近思うようになりました。

どうあがいても全員の力が一つにならないと
良い練りが出来ませんからね。

今年はどうなるのか・・・。

ちなみに、タイトルの“ガシャン!”ですが、
こんな屋台を落とした写真や動画を見た家の息子が
いつも言っている言葉です。

確かに落ちた時“ガシャン”って音がしますね。

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太鼓腹

こんばんは、玄武です。

私事ですが・・・。
仕事が忙しいのはあと少し。
先が見えてきました。

何とか体力はもっていますが、
若い頃のようにいきませんね。

さて今回は前回に引き続き、
H20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式で撮影しました
西浜屋台の露盤(ろばん)のご紹介。

前回は 神の姿は・・・。

前回の露盤で登場する神様は、
「毘沙門天」と「弁才天」でした。

今回は太鼓腹の神様で、下の写真の神様です。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo
英賀神社、西浜屋台の露盤です。

露盤(全体)の場面は、「七福神と鳳凰船」
彫刻は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作。

写真の人物は上記でも述べています「布袋尊」
(左の人物の二人は分かりません)

布袋尊ですが、唐末(中国)に実在した伝説的な僧侶。
弥勒菩薩(みろくぼさつ)の化身ともされています。

また、七福神の中でも唯一実在した人物とされています。

水墨画や絵で見たこともあると思いますが
太鼓腹と大きな袋で有名ですね。

いつも杖と袋を持ち
笑顔の布袋はとても愛嬌があったようです。

布袋は僧侶といっても、住むところも特に決めず
方々を転々としていて施しを受けていました。
施しの一部は生物など関係なく何でも
布の袋に入れていていました。

常に袋を背負っていたところから
「布袋」と名づけられたんでしょうね。

また布袋は伝説的な説もあります。

雪の中で寝ていても濡れずにいたとか
人の吉凶を必ず当てたとか、死後数日で生き返ったとか
伝説というか、中には仙人のような説もあります。

日本では室町時代から七福神に取り入れられて
その愛嬌で人々に親しまれています。

その笑顔からは福運、袋からは大量のご利益、
太鼓腹からは度量が広いなどの
ご利益があるとされています。

袋は堪忍袋とも解釈されたりしますね。

ちなみに「堪忍袋の緒が切れる」ですが・・・。


例えば夫婦お互いに、不満や愚痴などを袋に詰め込み
ひも(緒)をしっかりしめておいたら夫婦円満を図れる。

そんな素晴らしい袋がありました。
たちまち有名になった袋は連日の人々の愚痴で
すぐに一杯になりました。

一杯になってしまった所に知り合いが尋ねて来て
袋を取り合ったので袋の緒が切れ
中から大量の愚痴や喧嘩が飛び出してきた・・・。

という落語もあります。

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神の姿は・・・。

こんばんは、玄武です。

今回は前回に引き続き、
ある村の露盤(ろばん)のご紹介です。

前回は“ある村”の露盤だったんですが
皆さん何処の村かお分かりになったでしょうか?

前回の写真はです。

※全ての写真をクリックしますと少し大きくなります。
Img_4549

では正解です。

こちらは、H20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式で撮影しました
西浜屋台の露盤です。

違う角度から見てみますと・・・。
Photo
露盤(全体)の場面は、「七福神と鳳凰船」
彫刻は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作

写真の人物(場面)ですが、左から「毘沙門天」と「弁才天」。

一番上の写真の手前側は「弁才天」のアップですね。

では、今回の神様のご紹介。

「毘沙門天」は元はインドのヒンズー教のクベーラ神。
(クベーラとは富と財宝の神の事)

日本では一般的に革の甲冑を身に着けた
武将姿で表現されています。

仏教に帰依してからは世界の中心の
「須弥山(しゅみせん)」を守る四天王の一人になります。

四天王の中でも最強だったようです。

そんな毘沙門天は宝塔や三叉戟(さんさげき)と呼ばれる矛を
持っている姿が一般的でしょうか。

ちなみに「上杉謙信」は自信を毘沙門天の生まれ変わりと
信じていて上杉軍の旗印は「毘」でした。
(↑最近よく読む週刊誌にも良く出てきています。)

「弁才天」は、インドのヒンズー教の女神が元とされています。
日本では奈良時代からの信仰と諸説にもあります。

インドではヴィーナと呼ばれる琵琶に似た
楽器を持っていたそうで、日本では鎌倉時代の頃から
琵琶を持つ姿が定着されたとされています。

弁才天は“才”が“財”つまり・・・
「弁財天」と呼ばれる事もあり
財をもたらす神様とも称されています。

富を運ぶ女神とされていた「弁才天」は
商人や貿易商に愛されていたそうです。

また民衆の間では芸の神様として信仰されることが
あったみたいで、現在はその名残でしょうか、
芸能人関係者にも信仰する方がいらっしゃるようです。

次回はあの神様をご紹介します。

今回の記事の詳細は、様々な説より
一部のみを抜粋してご紹介しておりこれが全てではありません。

また私も現在勉強中ですので、
曖昧な表現もあるかと思います。
間違い等はサラッと流していただけますようにご理解願います。

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輪郭

こんばんは、玄武です。

只今、日曜日の22時。
今日も仕事でした。

休みがないのは別にいいですが、
仕事が結構ハードなので体力的に
あと一週間もつか心配。

ということで、今回は簡単なご紹介のみです。

下の写真をご覧下さい。

※クリックすると少し大きくなります。
Img_4549
これはある村の露盤(ろばん)です。

良い表情していると思いませんか。

輪郭がしっかりとしているといいますか
豊かな表情といいますか。

何処の村かといいますと・・・。

次回ご紹介します。

マニアな方はお分かりでしょうね。

疲れたのでもう寝ます!

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顔つき

こんばんは、玄武です。

前回のご紹介の「隠岐次郎左衛門」。

まず、前回の記事をご覧になっていない方は
下記(青の太字)をクリックして前回の記事をご覧になってから
今回の記事をご覧になった方が、分かりやすいと思います。

前回の記事→怪鳥!?

絹常製の高欄掛で、写真はです。
Photo
英賀神社、西浜屋台完成式で撮影したもの。

では、下の写真は・・・。
Simg_3603
こちらも、絹常製の「隠岐次郎左衛門」

こちらの絹常はといいますと、
H20年 4月24日から5月11日まで
「イーグレ姫路」で開催されていました
「 匠の技 播州祭り屋台伝承展 」で展示されていたものです。

某資料によりますと、

場面は「隠岐次郎左衛門の鷲退治」

四代目 絹常 「小紫 雅康」の作

製作は昭和初期~中期(推定)と記されています。

上記の某資料は諸事情により、お伝えできませんのであしからず。

見比べると小さな所(例えば角度など)が
微妙に違っていたり・・・。

まあ、作った方が違うので当たり前ですが・・・。

顔つきが違いますが、同場面です。
お互い良い表情が出ていますね。

それはそうと、絹常は現在、何代目なんだろうか。

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怪鳥!?

こんばんは、玄武です。

今回のご紹介は、以前からご紹介していますが
H20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式で撮影しました
高欄掛(こうらんかけ)のご紹介です。

まずは、写真から。

※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo
西浜屋台の高欄掛です。

場面は「隠岐次郎左衛門の鷲退治」

絹常製作。

上記では鷲退治と書きましたが
怪鳥退治!?かも知れません。(自信なし)

一様、下記にて
怪鳥退治の説明は述べておきますが、
この高欄掛とは多分関係ないです。
興味がある方はご覧下さい。

1334年頃、当時の天皇の住居の上に怪鳥の
「以津真天(いつまで)」が現れるようになった。
その怪鳥は「イツマデ、イツマデ」と黒雲の中から
不気味な声で鳴くようになった。

天皇はその怪鳥の退治に「隠岐次郎左衛門」を
呼び、退治させることにした。

8月の月が輝くある夜に隠岐次郎左衛門は
怪鳥を待っていた。

すると黒雲が出てきて中から「イツマデ、イツマデ」と
鳴き声がして怪鳥が現れた。

怪鳥は鳴く度に口から炎を吐いて
稲妻の光は天皇の住居の御簾(みす)の中にまで届いた。

隠岐次郎左衛門は弓と鏑矢を持って、
しばらく怪鳥を観察した。

突然、隠岐次郎左衛門は先が二股に別れた矢の狩俣の
鏃を抜き捨てて弓を構えた。

怪鳥が屋根に降りて来たところで鏑矢を放った。

矢は見事にあたり怪鳥は落下した。

落ちた怪鳥を見ると、
頭は人の形で体は蛇で翼の長さは約5mもあった。

先の曲がったくちばしに乱れた歯があり、
両足に剣のように鋭い爪があった。

ちなみに怪鳥の「以津真天(いつまで)」ですが
その由来はイツマデと鳴く事からとされています。

戦や餓死などで死んだ人を「イツマデ」も放置していると
呪いが込もった怪鳥が現れ死体を食い漁り
「イツマデ、イツマデ」と鳴き叫ぶそうです。

人の心の隙間に現れるそうです。

それはこんな時・・・。

あなたは、仲間を見捨てていませんか?

よく見ると鷲も「イツマデ」の怪鳥に見えるのは
私だけでしょうか・・・。

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ボンヤリ・・・。

こんばんは、玄武です。

明日から仕事が超多忙になります。
ちょっと憂鬱。
まあ、頑張るしかないですけど・・・。

それはそうと、生矢神社 秋季例大祭の宵宮まで
あと5ヶ月をきりました。

当ブログでも表示しています、カウントダウン。

宵宮に向けて少しだけですが、近付いているのを
見るとちょっと嬉しくなりますね。

さて宵宮、本宮でも亀山屋台は電飾をしているので
夜になると電気が灯ります。

最近の傾向として電飾といえば、LEDが多くなってきました。
まあ、豆電球もLEDにもメリット、デメリットがある訳で
一概にどちらが良いとか悪いとかは無いとは思いますが・・・。

(あくまで)個人的な考えですが、
豆電球の「ぼんやり」の光が好きな私。
Img_4938
写真の手前側は屋台の正面になります。

バッテリーとの接触が悪い?のでしょうか・・
狭間(さま)の部分の電球が消えています。

写真ではあんまり写ってませんが
棟に金具がボンヤリと写り込むのが良い感じです。

Dsc_0325
柔らかい光が練り子を照らします。

ちなみに近距離では・・・
Image0061

なかなか写真ではこの“ボンヤリ”な感じが
伝わりきらないでしょうか。

お時間がある方は、今年の祭りで是非ご覧下さい!!

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外柔内剛

こんばんは、玄武です。

今日(日曜日)の朝は、私の住んでいます地域の
溝掃除でした。

結構、大変でしたが自分が住んでいる地域(村)の
役に立てると思うと、ちょっと“やりがい”もあり・・・。

この様な機会に、ご近所の方と交流を持てるのも
本当に有り難い限りです。

さて今回は以前からご紹介していますが、
H21.3/28に魚吹八幡神社で執り行われました
武人祭の当日の長松屋台の様子です。

屋台が楼門前に据えられてを撮影しました。

※クリックすると少し大きくなります。
Img_5580
長松屋台の龍紋です。

個人的に龍の顔つきが好きです。

「外柔内剛(がいじゅうないごう)」

表面は柔和で穏やかそうに見えるが
実は意志が強くてしっかりしていること・・・でしょうか。

さて、当ブログ。

少し前の記事でも書きましたが、最近、更新が滞っています。

仕事が多忙なのと更新出来る時間があっても
家族と過ごす、又は自分の時間に充てたいという事もありまして
ブログまで手が届きません。

当分はポツポツペースです。

毎日閲覧して下さる方がいらっしゃるのも存じておりますので
ちょっと心苦しくも思いつつ・・・。

ご了承ください。

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H21.武神祭.長松屋台楼門前-2

こんばんは、玄武です。

只今の時刻、0時30分。
少し前、仕事から帰って来ました。
今から風呂と飯です。

このご時勢、有り難い事に仕事が忙しく
ブログの更新も、ままならぬ状態。

体力的にも、きつくなってきました。
更新は暫く、不特定更新となるかもしれません。


今回の動画は、そんな疲れた私を
元気にさせてくれそうな
気合いが入ったチョーサです。

今年は祭りを見に行きたいですね~。

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突き進む!

こんばんは、玄武です。

GWも後半となりました。
皆様はどの様にお過ごしでしょうか?

私はGWなど全く関係なく、仕事ですので
5/3、5/4と高砂市、高砂神社で国恩祭があったのも
当然見に行けず・・・。

祝日でも仕事というのは、
まあ、このご時勢、有り難い限りですが・・・。

さて今回は「突き進む!」というか「突進!」なお話です。

まずは写真をご覧下さい。
※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo_3
この写真はH20年、湊神社、宵宮で撮影した
児嶋屋台の狭間です。

二代目、松本義廣による作品で昭和6年の製作です。

製作よりかなりの年数が経ち、激しい屋台練りもあってか
狭間の欠損(一部パーツ無い)がありますね。

松本義廣の狭間はとても繊細で
パーツなどが損傷しやすいので、これは仕方がないですね。
(亀山屋台もそうですね)


場面は「
佐久間玄蕃太閤本陣乗込の場」です。

以前に、この場面はH20年4月~5月に
「匠の技 播州祭り屋台伝承展 」で展示されていた
三代目、松本義廣 「佐久間玄蕃・・・」と同じ場面です。

※その記事は鉄棒を引っさげて・・・です。

以下はその記事より引用。

「佐久間玄蕃」は「佐久間盛政」とも呼ばれています。

この場面の説明ですが、
「太閤本陣乗込の場」(賤ヶ岳(しずがだけ)合戦)で
猛将、佐久間盛政が右手に鉄棒を引っさげ敵陣に躍り込み、
群がり来る敵兵を薙ぎ倒し、秀吉本陣目指して
一参に突き進んだ。


佐久間盛政は真偽は別として、身長が約182cmあったそうで、
当時としてはかなりの巨漢だったそうです。

どうりで、鉄棒を振り回すわけです。

その勇猛さから「鬼玄蕃」と称されています。

この狭間の姿は正に「突進!」


そして・・・。

この表情ですよ。
Photo_4

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その年最後の・・・。

こんばんは、玄武です。

今回はその年最後の・・・です。
まずは写真から。
Image00801_3
この写真はH20年、英賀神社 本宮、
境内の「西浜屋台」です。

この年、西浜屋台は屋台完成式が
執り行われました。

神社の境内は他町の練り子、役員の方々、観客と
物凄い人でした。

Image00901_2
西浜屋台の側に近寄り撮影。

Image01201_2
この写真は西浜町に帰村して屋台蔵に
屋台を入れる直前の様子。

梯子で露盤(ろばん) 、擬宝珠(ぎぼし)を
屋台から外す所です。

Image01301
露盤を頭に被り、梯子から降りようとしています。

自分の村でもそうですが、この光景は
祭りが無事に終わった安心感と
祭りが終わってしまう寂しさがありちょっと複雑な
気持ちになりますが、いつ見ても良い風景の一つだと
思います。

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意のままに

こんばんは、玄武です。

今はGWですね。(世間は・・)
私は今日は休みでしたが、嫁さんの家の改造で
大工仕事をしていました。

明日からも少し休みがないので、体力が持つか
ちょっと不安・・・です。

さて今回はこちらのご紹介。
※写真をクリックすると少し大きくなります。
Photo
この写真はH20年 4月24日から5月11日まで
「イーグレ姫路」で開催されていました
「 匠の技 播州祭り屋台伝承展 」で展示されていたものです。

展示されていた資料によりますと

場面は、「芦屋道満、童子問答の場」です。

製作は、「三代目 松本義廣」。

昭和10年の作品とされています。

所有は、飾磨、浜の宮天満宮の天神地区。

この場面は以前にも当ブログで宿敵
でご紹介しています。

以下はその記事より。

芦屋道満とは、陰明師、安部清明の
宿敵として知られています。

謀略の罪により都を追われて、
生まれ故郷の西播磨(加古川)か、佐用へ落ち延びた?
または、
島送りにされた?の諸説と
式神対決で負けて播磨に追放された
など
様々な諸説があって兵庫との関わりが深い人物。

個人的なイメージですが、
陰明師、安部清明といえばドラマでもあった
美少年で好感が持てる人物を想像します。
しかし、芦屋道満は暗くマイナーな印象です。

そんな芦屋道満ですが、調べてみると
安部清明に勝るとも劣らないほどの呪術力を持ち
式神(しきがみ)を意のままに操り、

空を駆け抜け、天文を読み、未来を予知出来たとされている。

※式神(しきがみ)とは、「式鬼神」とも呼ばれ
  陰陽師の命令で摩訶不思議な現象を起こす霊の事。
  姿は鬼のような姿をしている。

最近、訳の分からんトラックバックが
送信されてきます。(特にエロ系)
100%公開しませんし、即効削除&IP禁止リスト
行きです。

という事で色々メンドーな事もありますので
当面トラックバックは受け付けませんので
ご希望の方はコメントでその旨をお伝えください。

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