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神の姿は・・・。

こんばんは、玄武です。

今回は前回に引き続き、
ある村の露盤(ろばん)のご紹介です。

前回は“ある村”の露盤だったんですが
皆さん何処の村かお分かりになったでしょうか?

前回の写真はです。

※全ての写真をクリックしますと少し大きくなります。
Img_4549

では正解です。

こちらは、H20年9月21日に執り行われました
英賀神社、西浜屋台完成式で撮影しました
西浜屋台の露盤です。

違う角度から見てみますと・・・。
Photo
露盤(全体)の場面は、「七福神と鳳凰船」
彫刻は「二代目 小河義保」 師 と「高谷木三郎」 師の合作

写真の人物(場面)ですが、左から「毘沙門天」と「弁才天」。

一番上の写真の手前側は「弁才天」のアップですね。

では、今回の神様のご紹介。

「毘沙門天」は元はインドのヒンズー教のクベーラ神。
(クベーラとは富と財宝の神の事)

日本では一般的に革の甲冑を身に着けた
武将姿で表現されています。

仏教に帰依してからは世界の中心の
「須弥山(しゅみせん)」を守る四天王の一人になります。

四天王の中でも最強だったようです。

そんな毘沙門天は宝塔や三叉戟(さんさげき)と呼ばれる矛を
持っている姿が一般的でしょうか。

ちなみに「上杉謙信」は自信を毘沙門天の生まれ変わりと
信じていて上杉軍の旗印は「毘」でした。
(↑最近よく読む週刊誌にも良く出てきています。)

「弁才天」は、インドのヒンズー教の女神が元とされています。
日本では奈良時代からの信仰と諸説にもあります。

インドではヴィーナと呼ばれる琵琶に似た
楽器を持っていたそうで、日本では鎌倉時代の頃から
琵琶を持つ姿が定着されたとされています。

弁才天は“才”が“財”つまり・・・
「弁財天」と呼ばれる事もあり
財をもたらす神様とも称されています。

富を運ぶ女神とされていた「弁才天」は
商人や貿易商に愛されていたそうです。

また民衆の間では芸の神様として信仰されることが
あったみたいで、現在はその名残でしょうか、
芸能人関係者にも信仰する方がいらっしゃるようです。

次回はあの神様をご紹介します。

今回の記事の詳細は、様々な説より
一部のみを抜粋してご紹介しておりこれが全てではありません。

また私も現在勉強中ですので、
曖昧な表現もあるかと思います。
間違い等はサラッと流していただけますようにご理解願います。

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